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2017年4月16日日曜日

もぐら通信第57号(第三版)をお届けします

もぐら通信第57号(第三版)をお届けします。


訂正箇所:
第57号
安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(2)

P32
訂正前:
「僕の中の「僕」」と言葉存在の関係

訂正後:

「僕の中の「僕」」と言葉存在の関係

2017年4月15日土曜日

もぐら通信第57号(5月号)をお届けします

もぐら通信第57号(5月号)をお届けします。


0 目次…page 2
1 ニュース&記録&掲示板…page 3
2 『さまざまな父』の朝食は何故ドーナツと鶏の燻製とブラックコーヒーなのか?:編集部…page 6
3 安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(2):岩田英哉…page 9
4 処女作『(霊媒の話より)題未定』と最後の小説『カンガルー・ノート』の結末継承と作品継承について:岩田英哉…page 45
5 リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(2)~安部公房をより深く理解するために~:岩田英哉…page 54
6 連載物・単発物次回以降予定一覧…page 59
7 編集後記…page 61
8 次号予告…page 61


純粋空間であるあなたの巣穴で安部公房とのひと時をお過ごし下さい。

岩田英哉
もぐら通信


2017年4月4日火曜日

もぐら通信第56号(第五版)をお届けします


もぐら通信第56号(第5版)をお届けします。この改版が最後です。下記の一箇所を訂正しました。


      記


もぐら通信第56号(第五版)の訂正

『安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(1)~安部公房をより深く理解するために~』:
P39:
訂正前:
「二つの『デンドロカカリヤ』に実際の詩集の名前として2度出て来る以上」

訂正後:


「二つの『デンドロカカリヤ』に実際に2度の同じ詩行の引用がある以上」

2017年4月3日月曜日

第56号(第二版)をお届けします


安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について』の第1章「I 安部公房の自筆年譜と『形象詩集』の関係について」下記の訂正を加へましたので、お知らせし、ここに第56号(第二版)をお届けします。そのほかの修正はありません。


          記

P35:最後の段落
訂正前
「人間如何に転身するかの記録」
訂正後
「人間如何に転身するかの記録」

P36;下から二つ目の段落
訂正前
「人間如何に転身するかの記録」
訂正後
「人間如何に転身するかの記録」

P37:上から3段落目
引用に関する全集のページを明示した:
訂正前
「(此処に空白がある。(略)/ある日…………。)」
訂正後
「(此処に空白がある。(略)/ある日…………。)」(全集第1巻、558ページ下段)

P39:下から3段落目
訂正前
『ドゥイーノの悲歌』は、(略)実際の詩集の名前として出て来る以上(略)
訂正後
『ドゥイーノの悲歌』は、(略)実際の詩集の名前として2度出て来る以上(略)

P40:第1段落と第2段落の間
読者の理解の促進のために、次の文言を挿入した:

『詩と詩人(意識と無意識)』や『名もなき夜のために』や『中埜肇宛書簡第2信』と同様に、『オルフォイスへのソネット』でも第一部と第二部の間に余白と沈黙があり、ここで存在と化したオルフォイスは第二部で蘇生し、透明な何者かになつて転身を止むことなく続ける。十代の安部公房のリルケ理解の誠に深いこと。しかし、順序は逆であり、リルケがあつて安部公房がある。

P43:「リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(1)の副題
訂正前
~安部公房のをより深く理解するために~
訂正後

~安部公房より深く理解するために~

2017年4月2日日曜日

もぐら通信第56号(4月号)をお届けします

もぐら通信第56号(4月号)をお届けします。


0 目次…page 2
1 ニュース&記録&掲示板…page 3
2 「奉天の窓」の前で新聞を読むリルケ…page 17
3 「ソドムの死」:柴田望…page 18
4 安部公房の初期作品に頻出する「転身」といふ語について(1):岩田英哉…page 23
5 リルケの『オルフェウスへのソネット』を読む(1)~安部公房をより深く理解するために~:岩田英哉…page 43
6 N氏との往復書簡2:二十一世紀の三島由紀夫・安部公房論…page 52
7 連載物次回以降予定一覧…page 57
8 編集後記…page 59
9 次号予告…page 59


今月もまた、あなたの巣穴で安部公房とのひと時をお過ごし下さい。

もぐら通信
発行人

岩田英哉

2017年3月25日土曜日

実力派俳優陣が火花!安部公房が描いた戦後に向き合う「城塞」

実力派俳優陣が火花!安部公房が描いた戦後に向き合う「城塞」



この戯曲の舞台稽古の様子を伝へた記事です。

「3人の30代の演出家が昭和30年代に書かれた戯曲に取り組む「かさなる視点―日本戯曲の力―」の第2弾として、上村聡史が安部公房の「城塞」に挑む。開幕まで1か月を切った3月中旬、稽古場に足を運んだ。 

軍需産業で成り上がった“男”(山西惇)には、“拒絶症”を患う父(辻萬長)がいる。拒絶症とは、ある時から自分の中の時間を止めてしまう病。発作時だけかつてのように正気を取り戻す父に、男は妻(椿真由美)や従僕(たかお鷹)を巻き込み、終戦直後のある一日を再現してみせる。幾度も繰り返されるそんな芝居にうんざりした妻は、父を精神病院に送る計画を立てる。男は妻に代わりストリッパーの女(松岡依都美)を雇い、最後の芝居を打つが……。 」


以下のURLへ:




2017年3月22日水曜日

二十一世紀の三島由紀夫・安部公房論

二十一世紀の三島由紀夫・安部公房論

以下は、西村幸祐氏の「三島由紀夫と21世紀の日本」といふ題の講演を聴講し、安部公房との関係で幾つも思ふところがありましたので、それをまとめたものです。誠に気のあふ二人でありましたので、この講演の重要な論点を、以下書簡体の体裁をとり、二十一世紀の三島由紀夫論は、そのまま二十一世紀の安部公房論であることを、安部公房の読者にお伝へします。そして、三島由紀夫の読者にもお読みいただければ、誠にありがたい。

同氏の講演中の言葉を拝借して言へば、時代がやつと安部公房に追ひついたといふことになります。


西村さま、

昨日は、いい講演会でした。以下、私の感想です。いくつもありますが、貴君の演題に基づいて、次の3つに話を絞ります。

1。昭和時代のメディアとしての三島由紀夫
2。シャーマン(霊媒)三島由紀夫
3。21世紀の三島由紀夫論


1。昭和時代のメディアとしての三島由紀夫
昭和時代のメディアとしての三島由紀夫ということを言はれて直ぐにおもひ出したことは、自ら古典主義の時代と『私の遍歴時代』で名付けた時期に愛読したトーマス・マンの20歳前後の手紙と後年のエッセイの中の言葉です。

前者に、マンは小説家として身を立てる以上、自分は時代のdas symbolische Sein(象徴的な存在)になりたいと書いてをります。これを後年、後者にては、私の文学的な使命、藝術家としての使命は、十九世紀といふ時代の幕を引くこと、幕を閉じること、これが私の使命であると書いてゐます。マンの意識した時代は十九世紀でした。さて、即ち、

貴君の提示した此の「昭和時代のメディアとしての三島由紀夫」といふ新しい視点を、この三島由紀夫の愛読したマンの文学的使命と併せて考へますと、昭和時代のメディアとしての三島由紀夫とは、あるいは昭和といふ時代を観るためのメディアとしての三島由紀夫とは、マン流にいへば時代の象徴としての三島由紀夫、das symbolische Seinといふことになりませう。

三島由紀夫の意味するSeinとは、『太陽と鉄」』に文字にして書いてゐる通り、言葉の腐食作用を排したあの純粋な肉体そのもののことでありますから、あの市ヶ谷の癩王のテラスでの切腹は、全く昭和時代を象徴する存在に三島由紀夫が成つたことを意味してをります。昭和時代の幕をみづから引いたといふことになります。

他方、貴君はジャーナリストでもありますから、この職業的な視点から見れば、貴君のいふ通りに、三島由紀夫は象徴的なSeinである以上、同時に常に「今ここにかうやつて」Daseinしてをります。何故ならば、そして、ドイツ語の語構成からいつても、SeinがなければDa-Seinもないからです。

さて、以上がマンからみた、昭和時代と三島由紀夫の存在と現存在の話です。しかし、私が伝へたいのは更に先にあります。

2。シャーマン三島由紀夫
しかし、その前に、昭和といふ時代を観るためのメディアとしての三島由紀夫に話を戻しますと、この三島由紀夫についての象徴的存在論及び現存在論は、そのまま、貴君が言及してゐた「英霊の声」の川崎君が霊媒であるやうに、霊媒三島由紀夫論になるのです。

これについては、詳細に三島由紀夫の十代の詩を読み解き、また小説に同じ此の古代感覚(三島由紀夫の短文のエッセイ「夢野之鹿」を憶ひ出して下さい、この古代感覚)が20歳以降もあり、これが三島由紀夫の小説の様式に如何に深く関係してゐるかといふことを論じてありますので、次のURLをご覧くださるとありがたい。『三島由紀夫の十代の詩を読み解く26:イカロス感覚6:呪文と秘儀』


即ち、貴君の昭和時代のメディアとしての三島由紀夫論は、霊媒としての、シャーマンとしての三島由紀夫論に直結してゐるといふ事がいひたいのです。これは、実は安部公房の側から見ても、同じなのです。二人が何故あんなに気が合ひ仲がよかつたか。私の21世紀の安部公房論の主要な柱の一つは、安部公房シャーマン論あるいはシャーマン安部公房論なのです。即ち、欧米白人種キリスト教徒の一神教に淵源する、そして此の一神教から逃れまた否定をして近代ヨーロッパ文明の生み出した民主主義と資本主義と共産主義(マルクス主義)ではない(これらは皆いふまでもなくglobalismです)、宗教の世界でいふならば、多神教の世界であり、哲学の領域でいふならば、汎神論的存在論です。

さて、このことについての筆は、惜しいけれども、ここで一度留めることにして、上で述べた更に先の話をします。これが、私の伝へたいことです。

3。二十一世紀の三島由紀夫論
上のやうに1、2と考へてきますと、貴君に私が期待する二十一世紀の三島由紀夫論は、次のやうなものになります。

2017年1月20日にヨーロッパ資本主義の鬼子であるアメリカ合衆国の大統領にトランプといふ人間が就任した以降の此の時代に於いて、

(1)シャーマン三島由紀夫を論ずること。即ち、大東亜戦争を戦つた日本民族、日本人の生きた戦前戦後の終始一貫した昭和時代の象徴的な存在としてある三島由紀夫を、ヨーロッパ文明の衰退または崩壊の中で論ずること。(私はシャーマン安部公房論でこれ既に論じて参りましたし、これからも論ずるつもりです。)そして、
(2)白人種キリスト教徒の植民地主義の上での三島由紀夫論ではなく、それを超えて、多神教の世界の、即ち普遍的な八百万の神々の世界の問題として、象徴的存在であり今も生きてゐる現存在としての三島由紀夫を論ずること。(この象徴的存在と現存在の関係は、三島由紀夫が安部公房と共有してゐる幾つもある接点の重要なものの一つです。その関係はいづれもreversalになつてゐますが。これについては、岡山典弘氏の著作に触発されて書いた次の文章をご覧ください。「三島由紀夫が安部公房と共有した19の主題、又は『安部公房外伝』」https://abekobosplace.blogspot.jp/2014/11/blog-post_80.html

上の(1)及び(2)の三島由紀夫の文字を安部公房といふ文字に入れ替へれば、そのまま二十一世紀の安部公房論の論旨になります。

また、白人種キリスト教徒のアジアやアフリカ大陸に於ける此の収奪と大虐殺の500年である植民地主義に基づかない新しい世紀の文学について、安部公房がどのやうに何を考へてゐたのかの言葉を引いて(先月号のもぐら通信第55号、13ページ)、次のやうに伝へたい。:

「「この前もテレビで大航海時代なんでロマンチックな特集番組をやっていたけど、要するにあれは略奪農耕なみの乱暴な植民地収奪じゃないか。血も凍るほどの第一期の植民地時代、皆殺し政策だからね、やるほうはテレビゲームはだしの面白さだろうけど、やられる側はロマンチックどころの話じゃないよ。」(『錨なき方舟の時代』全集第27巻、159ページ上段)

「けっきょく世界は植民地支配国と、被支配国の二つに分けられる。(略)ところがなぜか日本は植民地化されなかった。地政学的には当然侵略の対象になってしかるべきアジアの一角にありながら、なぜか支配をまぬかれた。偶然か必然かはさておいて、おそらくアジアでは唯一の植民地化されなかった国だろう。だからもし日本の特殊性を言うなら、文化だとか風土だとか伝統なんかではなく、きわどいところで植民地化をまぬかれたという点……[註A]
―――要するに偶然の結果だということですか。
安部 必然が意識された偶然だとすれば、やはり偶然と言ってもいいでしょう。要するにどこの国でも、植民地化の運命さえまぬかれていたら、日本と同じようなコースをたどれたかもしれないということが言いたかった。この問題に対する日本人の鈍感さはまさに西洋人なみだ。だから日本のテレビがポルトガルの大航海時代を祝う式典を中継して、ひどくロマンチックな解説をつけて、西と東の文化の交流の記念だとかなんとか一緒になって手をたたいてみせたりする。文化の交流どころか、一つ間違ったら植民地化の先兵になりかねない連中だったんだ。裸の子供のところにライオンが入ってくるようなものさ。
 そして運よく食用にならずにすんだ日本という子供は、遅ればせながらローロッパ式の近代化をとげ、遅ればせながら植民地支配の仲間入りをしてしまう。ところが先輩たちにさんざんうまい汁を吸われてしまった後だったから、戦火による略奪というひどく不器用な手段にたよるしかなかった。
 いわゆる発展途上国に見るべき文学がないのも、けっきょくは植民地収奪の結果だと思う。発展途上国にも文学があり、その民族のためのすぐれた文学が生まれていると主張する人もいるけど、ぼくはそう思わない。すくなくとも世界文学、あるいは現代文学という基準では、文学と言うにたる文学はない。
 逆説的に言えば、だから現代文学は駄目なんだとも言える。西欧的な方法をよりどころにしているから駄目なのではなく、植民地主義の土台にきずかれたものだから駄目なんだ。反植民地主義的な思想にもとづく作品でさえ、植民地経済を基礎にしていた国からしか生まれ得ない。メフィストフェレスなしにファウストがありえないようなものさ。(『錨なき方舟の時代』全集第27巻、159ページ下段~160ページ上段)(傍線筆者)

[註A]
アジアの中で、欧米白人種(キリスト教徒)諸国の植民地化による収奪を免れて、国家としての独立を維持したのは、我が日本国の他には、タイ王国だけです。アフリカ大陸についてはいふまでもありません。」


このやうな二十一世紀の三島由紀夫論の中で詳細に論じられるべきは、貴君が文章を読み上げて其の素晴らしさ美しさを褒めて紹介してくれた、鏡子の家でありませう。日本人は此の小説を理解する事が当時はできなかつた。今ならば、できるかも知れない。

鏡子の家の最初の一行と最後の一行は、正確に照応してゐる。何によつて?繰り返しの呪文によつて。最初は人間の欠伸といふ繰り返しの呪文、最後は7匹の犬の咆哮といふ繰り返しの呪文によつて。後者の犬を、安部公房ならば、人間のうちに秘められた生命そのものである、人間による統御は不可能であるが故に現実を食い破る「獣」と呼んだことでありませう。特に顕著に、十代から二十代にかけての詩と小説に、この荒ぶる神のやうな獣たちが歌はれ、書かれてゐます。

貴君の講演中の言葉を其のまま引用して言へば、時代がやつと三島由紀夫に追ひついたのです。

さうすると、この事は何を意味してゐるかといへば、実は二十世紀の日本の読者達は、鏡子の家』が理解できなかつたのであれば、これ以外の三島由紀夫の小説も、実は、本当には理解できてゐなかつたといふことを意味してゐるのではないでせうか。『金閣寺』の後に発表した此の作品の評価が最低であり、前者は最高であるといふ事が、当時の作品評価の此の大きな落差が、実は、そのことを意味してゐるのではありませんか?前者は俗耳俗心に入り易く、後者を読む事は当時の日本人には苦痛であつた。

まだまだ、他にも何故日本人の文章の読解能力が劣化したかについて、何故SNSの時代に益々日本人は公私の識別が出来なくなつたのかについても、また其の他色々の事についても思ふところあり。また次の機会にお話したい。

活躍を祈ります。

岩田