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2017年1月31日火曜日

安部公房のエッセイを読む会(通称「CAKE」)(第9回)を開催します

安部公房のエッセイを読む会(通称「CAKE」)(第9回)を開催しますので、お知らせします。

開催の要領は次の通りです。

ご興味のある方は、もぐら通信社宛、下記のメールアドレスまでご連絡下さい。:s.karma@gmail.com

I 日時と場所
(1)日時:2017年4月9日(日)13:00~17:00
(2)場所:南大沢文化会館 第4会議室
(3)交通アクセス:京王線南大沢駅下車徒歩3分:http://www.hachiojibunka.or.jp/minami/
(4)参加費用:無料
(5)二次会:最寄駅近くの安い、居酒屋という迷路をさ迷います。割り勘です。いつも時間は2時間ほどです。

II 課題エッセイ
(1)『物質の不倫についてー『死霊』論』:全集第2巻78~81ページ
(2)『ドストエフスキー再認識について』:全集第2巻96~97ページ
(3)『横顔に満ちた人ー椎名麟三』:全集第2巻96~97ページ

ご興味のある方は、もぐら通信社宛、下記のメールアドレスまでご連絡下さい。:s.karma@gmail.com


安部公房の世界からトランプ大統領の就任演説を読む

安部公房の世界からトランプ大統領の就任演説を読む

トランプ大統領の演説は、次のURLで読むことができます:

和訳は此のURLで読むことができます。英和対照になつてゐますので、和訳の正否も確認することができませう:

さて、以上の算段をした上で続けます。

もぐら通信第22号に『安部公房のアメリカ論』と題して論考を書きました。この論は、その続きです。

第22号では、アメリカ文化の生み出す次の贋物の文物を論じ、その起源を明らかにしました。

1。都市(町) 
2。ディズニーランド
3。コカコーラ 
4。カウボーイ 
5。ジーンズ 
6。ハンバーガー
7。ジャズ
8。インターネット 

これらのことは、このブログでは次のURLで読むことができます。

安部公房のアメリカ論:贋物(イミテーション)の国アメリカ:

安部公房のアメリカ論2:ジーンズとは何か?:

更に、もぐら通信第50号に於いて、『安部公房の読者のための村上春樹論(中):Baseballとは何か?~Baseballは旧約聖 書の創世記の贋物である~』と題して、日本語で正岡子規が野球と訳したbaseballについて、その贋物性と起源について解説をしました。このURLが其れです:https://abekobosplace.blogspot.jp/2016/10/baseball-baseball.html

さて、これらの論をお読みくださることを前提に、掲題、即ち「安部公房の世界からトランプ大統領の就任演説を読む」とどのやうに見えるものかを以下に論述します。

一言でいへば、トランプ大統領は、第二の独立宣言を宣言したのではないでせうか。その独立宣言とは、就任演説その物に外なりません。

結論を云へば、トランプの主張してゐることは、アメリカといふ国家をもう一度人造国家、人工国家、即ちこの国の生み出してきたコーラやジーンズやスーパーマンといふ英雄たちと同じ質(quality)の普遍的(universal)に、従ひ贋物として世界的に通用する贋の国家に戻さうと云つてゐるのです。

日本の国に於いても複数の誰かれが指摘してゐるやうに、この演説は対外諸国との関係については言及せず、アメリカ国民、それも以下の英語の引用に言はれてゐる「the American People」が、後述するやうな「忘れられた人々」「忘れられた国民」「忘却された人々」「忘却された国民」と言ひ換へられて言はれてをり、後者たる「アメリカ国民」に向けて専ら発せられた宣言であるからです。

Today’s ceremony, however, has very special meaning. Because today we are not merely transferring power from one Administration to another, or from one party to another – but we are transferring power from Washington, D.C. and giving it back to you, the American People.

これは、アメリカ内国内での、内国独立宣言といふべき宣言ではないでせうか。

特に上記に複数のURLを以って引用した私のアメリカ論の骨子の一つが、アメリカの文化文物の贋物性が、ヨーロッパと絶縁することによつて生まれた孤児の文化であり、またアメリカといふ国家が、インディアンの大虐殺やアフリカ大陸から黒人を攫つて来て奴隷にして売買をするといふ罪深い歴史的事実と、しかし其の忘却の上になるといふことに由来する幼児性であり、無垢であり、無名性であるといふことを考へれば、トランプ新大統領が、上の引用で「忘れられた人々」といつてゐることは、アメリカの歴史とアメリカ人の精神の正統なる後継者の自覚を、当人が無意識であればあるほど象徴的に、表現してゐると思はれるからです。

本来自分たちアメリカ人が忘れ且つ「忘れられた人々」であつた筈のアメリカ人を再度思ひ出せと云つてゐる。二重の忘却を思ひ出せと云つてゐるのです。この、トランプの忘却に関する二重性が、政治的な議論をややこやしく、難しいものに、これから、政治現象としては、することでせう。

アメリカのmain streamと呼ばれる(誰がさう呼んだのかは私は知りませんが)20世紀型のTVや新聞紙といふ大量一斉同報メディアは、これを自覚することがないでせうし、同じ前世紀の大量一斉同報メディア情報をアメリカのmain streamから受けて、頭の中にresistor(抵抗器)を入れずにゐて空つぽのまま、右から左に垂れ流すだけの日本のTVや新聞紙のマスコミの業界の人間たちも、これを自覚することがないでせうし、従ひ、日本人と日本の国の重要な問題だと理解した上で、事実を報道し、批評することができないでせう。

さて、最初の独立宣言は、1776年7月4日に批准され宣言されたとは歴史の教へるところです。これに対して、また此れに継いで、2017年1月20日の此の独立宣言は、今度は内国のWashington D.C.に蟠踞して富裕になつた政治家たちと其れを取り巻いて出来上がつてゐる”establshiment”からの独立宣言といふことに、トランプの就任演説はなります。[註1]

[註1]
“What truly matters is not which party controls our government, but whether our government is controlled by the people.

 January 20th 2017, will be remembered as the day the people became the rulers of this nation again.

 The forgotten men and women of our country will be forgotten no longer.”


共通してゐるのは、いづれも前者はイギリスによるアメリカの富の搾取と収奪からの独立、後者もWashington D.C.の”establishment”によるアメリカの富の搾取と収奪からの独立といふことです。

この搾取と収奪を、トランプは次のやうに云つてゐます。

This American carnage stops right here and stops right now.

この主語である”The American carnage”とは、このやうに読んで来ると、アメリカ人によるアメリカ人の殺戮、Washington D.C.の富裕層、即ち自分たちのためだけの金儲けをして来た人間たちからなる”establishment”による、庶民たるアメリカ国民の殺戮といふ風に聞こえますし、実際にトランプ氏の言ひたいことは、この語彙を選択するほどに激しい怒りが其の根底にあつて、その通りの思ひなのでせう。

さて、言葉の世界で想像を逞しうして、以上のやうなことを読み、更に次のやうなことを思ひます。

1。第一次独立宣言ではイギリスからの分離独立の宣言でしたが、第二次独立宣言では、就任式の直後に日を置かずに、イギリスの女性首相をWashintong D.C.に招いて、就任後の最初の外国首脳との会議を開催してゐます。

前者は絶縁の宣言、後者は復縁の宣言といふことになります。さうであるならば、事情は強ひられたとはいへ、家出をした孤児が親と復縁したといふことになりますし、また旧約聖書の中の逸話を持ち出せば、放蕩息子(lost son)が、家に帰つて来て、父親たるヨーロッパに迎へられたといふことにもなりませう。

2。今年はフランスも大統領選挙が行はれますが、もしルペン党首が大統領になれば、アメリカの独立を祝つてフランスの送つた自由の女神像に匹敵する何かの贈り物を、フランスがアメリカに送るか、それともイギリスの首相の例のやうに、逆にアメリカがフランスに其のお返しをするといふことになるでせう。これが政治現象の上で何であるのかを注視することは、象徴的な出来事や事件をみることになるでせう。

これで、イギリスといふ島国の、アメリカ13州の支配者であつた親との復縁と、フランスといふ大陸ヨーロッパの親との復縁がともに成立するといふことになります。

この場合には、ルペン党首はEUからの脱退といふことと一式に、この復縁は、なるのでせう。

考へてみれば、この演説によつて、フランス革命の主張した、そして私たち日本人が義務教育で教はつた自由・平等・博愛が、今ヨーロッパを襲つてゐる移民・難民問題と軌を一にして、難民・移民問題がヨーロッパ近代文明の因果が巡り巡つて500年かけて地球を一周してヨーロッパに戻つて来たのと全く同様に、そのglobalismの革命理念も、2017年1月20日にアメリカで終焉したのではないでせうか。

冒頭に掲げたアメリカの贋物の文物に戻つて云へば、トランプの主張は、

1。都市(町) を再度復活させよう
2。ディズニーランドのやうな国土(ランド)を復活させよう
3。コカコーラといふ神聖なる泉の水を自国で生産し、飲むことにしよう
4。カウボーイの精神、荒野を往く孤児の不屈の魂を復活させよう
5。ジーンズを自国で生産して、身につけ、再度American Dreamを復活させよう
6。ハンバーガーも自国で生産して、これを食することをしよう
7。ジャズも盛んにして、これを大いに演奏し、アメリカを思ひださう
8。インターネットを活用して、安全保障も復活させて、自国の産業の復興をしよう

といふことになります。

そして、アメリカ人が、常に国旗を掲揚し威儀を正して国歌を斉唱するbaseballといふ神聖なるgame、即ち旧約聖書の贋の創世記については、いふまでもありません。

蛇足のやうですが、トランプ氏の就任演説を読んで感じたことを二つ以下に掲げて、この一文を終りにします。

1。トランプはAmerica Firstだけを掲げたのではない。当たりまえに、お互ひにお互ひの国益を考へやうといつてゐるのです。

We will seek friendship and goodwill with the nations of the world – but we do so with the understanding that it is the right of all nations to put their own interests first.

国益といふ言葉を見るといつも、プラトンが『国家』の中でソクラテスを讃嘆せしめて言はせる言葉、即ち国家を論ずるのに人体の譬喩(ひゆ)を使ふと何とこんなにぴったりと国家の説明ができるのだらうか、といふ此のソクラテスの言葉をいつも思ひ出します。

確かに、アメリカ人と日本人では、その骨格が異なります。

2。演説の最後に言はれる次のやうな一節はカントリーアンドウエスタンを聴いてゐるやうな気がします。やはりこれもカウボーイの、親のゐない、孤児の世界ではないでせうか。

 And whether a child is born in the urban sprawl of Detroit or the windswept plains of Nebraska, they look up at the same night sky, they fill their heart with the same dreams, and they are infused with the breath of life by the same almighty Creator.

トランプといふ人間は、歴史的な、アメリカ人の父性と父権を代表してゐるカウボーイなのです。但し、上に述べたやうに、その父性と父権のあり方が二重構造、即ち内国に金にものを言はせて、アメリカ人の伝統と文化を破壊しようといふ、globalistsといふ敵が大勢ゐるといふことが、この新しい大統領の困難なのです。

トランプ大統領が暗殺されぬことを祈つてをります。

しかし、かうしてみれば、この二重構造は、日本も全く同様の状態にあることに気づくことになります。我が国の国益や如何に。

日本人の骨格と体格に戻る以外にはありません。

私はそのやうに思ひます。

2017年1月29日日曜日

東鷹栖安部公房の会主催の「デンドロカカリヤ」の朗読会盛況のうちに終る

東鷹栖安部公房の会主催の「デンドロカカリヤ」の朗読会盛況のうちに終る

昨日、標記の催事についてお伝へしました:


この催事が昨日無事に終はり、また盛会であつたことを伝える北海道新聞の記事を掲げて、読者にお伝へします。

詳細は、同会の会員の方たちのご寄稿を仰ぎ、次号のもぐら通信上にてお届けいたします。



紙面の全体は、これです。大きな扱いになってゐますね。




2017年1月24日火曜日

東鷹栖安部公房の会による『安部公房 ~サウンド・音楽と映像による朗読会』:『デンドロカカリヤ』 1月28日(土)13:30~15:00

東鷹栖安部公房の会による『安部公房 ~サウンド・音楽と映像による朗読会』:『デンドロカカリヤ』 1月28日(土)13:30~15:00

東鷹栖安部公房の会の1月28日の標記催事が、北海道新聞〈旭川・上川〉と、地元フリーペーパー「ライナー」に掲載されました。この他に、旭川市民広報の「ななかまど」、更に同じくフリーペーパーの「あかり」にも掲載され、安部公房という名前が旭川市民印刷物の掲載を通じて、遠く東京より拝見してをりましても、北海道と地元旭川の地に知られることが段々と広がつてゐる様子が判りますので、一読者としても嬉しく思つております。以下、同会よりのお知らせと掲載記事の転載です。ご覧ください。

■本日1月24日(火)の北海道新聞〈旭川・上川〉と、同じく本日発行のライナーにも掲載頂いております。ありがとうございます。
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安部公房 ~サウンド・音楽と映像による朗読会
『デンドロカカリヤ』 1月28日(土)13:30~15:00
東鷹栖公民館にて行います。日曜にリハーサルを行いましたが、なかなか面白い試みに出来上がりつつあります!
皆様のご来場を心よりお待ち申し上げます。
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日 時 : 2017年1月28日(土) (開演 13 時 30 分  終演 15 時 00 分)
場 所 : 東鷹栖公民館     (旭川市東鷹栖4条3丁目)
参加費 : 無料
主 催 : 東鷹栖公民館 ・ 東鷹栖安部公房の会
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『デンドロカカリヤ』【第二章】 東鷹栖安部公房の会
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今回、作品を三つの章に分けて、映像とサウンドを作成致しました。FBグループ「AMC&すあし」主催の相澤先輩にギター演奏を入れて頂き、まるでギターがジャン・ミッシェル・ジャールのオーケストラを指揮しているような壮大な音響空間を創造頂いております☆
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「現実をたんに描くのではない。それを破壊するための仮説と実験の空間である。」(新潮日本文学アルバム『安部公房』より)
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・旭川ゆかりの世界的作家・安部公房が1949年(昭和24年)、25歳のときに書きあげた短編小説『デンドロカカリヤ』の朗読会を行います。後の代表的長編小説群の原型ともいえるきわめて重要な作品であり、安部公房変形譚の出発点です。
・解説では清水邦夫氏の安部公房文学紀行「消されていく旅」(『現代日本の文学47 安部公房・大江健三郎』に収録)をもとに、旭川市東鷹栖の景色を紹介。故郷を持たない作家の《原籍地》の謎に迫ります。
・音楽・サウンドと映像による新しいタイプの朗読会を企画致しました。(安部公房が所有していたシンセサイザーEMS Synthi AKSの音色と映像資料をご紹介します。)
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東鷹栖安部公房の会





2017年1月10日火曜日

三岛由纪夫、安部公房、川端康成、石川淳关于中国文化大革命的声明

Yanping Liangさんといふお名前は支那の方でありませう、このかたの投稿に寄せて以下に思ふ事あり。


Yanping Liang
2016年1月9日 ·

夫、安部公房、川端康成、石川淳关于中国文化大革命的声明

「昨今の中国における文化大革命は、本質的には政治革命である。百家争鳴の時代から今日にいたる変遷の間に、時々刻々に変貌する政治権力の恣意によって学問芸術の自律性が犯されたことは、隣邦にあって文筆に携わる者として、座視するに忍びざるものがある。
 この政治革命の現象面にとらわれて、芸術家としての態度決定を故意に留保するが如きは、われわれのとるところではない。われわれは左右いずれのイデオロギー的立場をも超えて、ここに学問芸術の自由の圧殺に抗議し、中国の学問芸術が(その古典研究も含めて)本来の自律性を恢復するためのあらゆる努力に対して、支持を表明する者である。
 われわれは、学問芸術の原理を、いかなる形態、いかなる種類の政治権力とも異範疇のものと見なすことを、ここに改めて確認し、あらゆる『文学報国』的思想、またこれと異形同質なるいわゆる『政治と文学』理論、すなわち学問芸術を終局的には政治権力の具とするが如き思考方法に一致して反対する」。

近来在中国生的文化大革命,本上乃是政治革命。从百家争代到如今的迁之时时刻刻都在变态生着借助政治权利恣意侵害学艺术自律性的事件,作为邻邦的笔者,我不忍坐
一政治革命,我不可能如某些艺术家一般采取故意保留度的决定。我超越左右任何一方的立,在此抗议对问艺术自由的制,恢复中国的学问艺术(也包含其古典研究)本来的自律性所做的一切努力,表示支持。
将学问艺术的原理,无其具有怎的形、怎的种类,都视为与政治权利迥异的范畴。再此确:我一致反一切“文学国”的思想,以及与此异形同的所“政治与文学”的理言之最将学问艺术政治权利的工具的思方式。

夫(1925-1970),出生于京,毕业京城帝国大学法学部。曾在大藏省任。作为专业作家三著作丰,主要有《金寺》《假面告白》《禁色》《潮》《女神》《宴之后》《午后的曳航》《丰之海》.等

安部公房(1924-1993),出生于京少年期在中国北度,1943年考入京大学医学部,1945年因担心征兵而离开学校返回北,1946年回国。主要作品有《赤》《壁》《入者》《饥饿的皮肤》《石之眼》《砂女》《朋友》等。曾后文学(1950年)、芥川文学(1951年)读卖文学(1963、1975年)、谷崎一郎(1968年)

川端康成(1899- 1972)出生于大阪帝国大学文学部毕业。1968年诺贝尔文学。主要作品有《伊豆的舞女》《雪国》《古都》《千羽》《山之音》.

石川淳(1899-1987)出生于京外国大学法毕业。无派代表作家之一。主要著作有《普》《紫苑物》《狂风记》《至福千年》等。曾得芥川、日本艺术读卖文学、朝日奖项

****

批評とはかくあるべきもの。この声明は今読んでも新しい。悲しむべきは、当時は反中国共産党の声明文であつたものが、今や我が国そのものに向けられた声明文としても十分に読めるといふことである。この間の半世紀の日本人の知的頽廃は酷いものがあるといふことを知るための、この声明は、あなた自身のための試金石でもあり続けてゐる。

わたくしもまた、「学問芸術の原理を、いかなる形態、いかなる種類の政治権力とも異範疇のものと見なすことを、ここに改めて確認し、あらゆる『文学報国』的思想、またこれと異形同質なるいわゆる『政治と文学』理論、すなわち学問芸術を終局的には政治権力の具とするが如き思考方法に一致して反対する」者である。

と、このやうに引き写してみて、「学問芸術の原理」を自分自身の学問芸術の分野で自分自身の言葉を以って即答できる自称学者が何人ゐるか、自称藝術家が何人ゐるかを疑ふのである。

「左右いずれのイデオロギー的立場をも超えて」誠に知性ならぬ痴性豊かな人々の集まる、日本は素晴らしい国になつたのである。

この現状をも、やはり「学問芸術の原理」に基づいて議論してもらひたい。勿論云ふまでもなく、あらゆる意味での暴力抜きで。なるほど、三島由紀夫の当時絶賛し嫉妬すら覚えると評した(この声明の翌年発表された)安部公房の戯曲『友達』は、二十一世紀の今も新らしい。

2017年1月5日木曜日

Alice in Box:箱男、不思議の国のアリス

Alice in Box:箱男、不思議の国のアリス



かうしてみると、安部公房の箱男の箱は、実に家と同義であると思はれる。

そして、この箱の中にゐるのが、不思議の国のアリスであるとは。

結局、箱とは地下世界への通路(媒体)なのだといふ事が、よく判る写真です。

写真家は、Taylor Marie McCormick ,英語の題名は、 Alice in the House。

白黒が安部公房の世界、しかし、色彩のある同じ写真もあり、これも掲げます




2017年1月1日日曜日

もぐら通信第53号(1月号)をお届けします


希望に満ちた新年です。

「希望は、他人に語るものであっても、自分で夢見るものではない。」(『砂の女』)

もぐら通信第53号(1月号)をお届けします。


0 目次...page 2
1 ニュース&記録&掲示板...page 3
2 詩『Grace』:柴田望...page 15 
3 安部公房と成城高等学校(7):旧制高校生の読んだ書籍一覧...page 18 
4 私の本棚より:法学者の見た『S・カルマ氏の犯罪』論:『法と権利は名前に対し てのみ関係する』尾崎一郎北海道大学教授(法社会学)...page 35 
5 一行詩『燃えつきた地図』:タキグチケンイチロウ...page 38 
6 『方舟さくら丸』の中の三島由紀夫...page 39 
7 『デンドロカカリヤ』論(前篇):岩田英哉...page 44 
8 これが、安部公房のユープケッチャの世界です...page 72
9 言葉の眼 10:ユーラシア大陸の東と西で何が起きてゐるのか?...page 74 
10 連載物次回以降予定一覧...page 76
11 編集後記...page 77
12 次号予告...page 77 


今月もまた、あなたの巣穴で安部公房とのひと時をお過ごし下さい。

もぐら通信
発行人

岩田英哉